未来教室・アンビシオン文京の責任者が語る「超短時間就労」の可能性(後編)

未来教室・アンビシオン文京の責任者が語る「超短時間就労」の可能性(後編)

一般社団法人しごと・しあわせラボ(以下SSL)とNPO法人特別支援教育研究会(以下NPO)は、2021年から業務委託という形で、携帯電話の抗菌コーティング事業を進めてきました。この事業は一回の業務時間が超短時間の就労モデルを採用した試みです。ロングインタビューの後編は、秋山さんが感じている日本の障害者雇用の課題や、超短時間就労に期待することについてお話してもらいました。

秋山明美(あきやま・あけみ)NPO法人特別支援教育研究会理事、未来教室(児童発達支援)室長・児童発達支援管理責任者。東京都内の公立小学校校長としてインクルーシブ教育を推進した経験から、障害のある子どもたちが中学卒業後も地域で学び続けることができる場として2014年に未来教室を設立。生徒一人ひとりの学習レベルに合わせた教育、義務教育からの「学びの継続」を柱に活動している。

Q:今の日本の障害者雇用について思うところをお聞かせください。

秋山:まず、同じ仕事内容なのに一般就労の方と比べて賃金が低いのは課題だと思います。ですが、例えば何か商品を作るとして、そのクオリティを見て、私自身「これでは安くても仕方がない」と思うこともあります。障害者雇用について、個人としていつも思うことが、「障害者がやっているんだからこれぐらいの出来だよね」というのは絶対嫌なんですよ。それは優しさというよりも、「差別」に近いと思っています。今回の携帯コーティング業務にしても、職員がやり直しをさせることがあるのは、やはり質を落としたくないからです。職員にとっては、根気強く作業工程を細かく教えることになるので、大変なこともありますが、私の考えがそこにはあるんですよ。

生徒たちの本当の良さを認めてもらう、それが地域でやっていくことの意味だと思っています。地域の人たちは、彼らを障害者ではなく「人」として受け入れていますので、仕事を休んだら、「今日は○○ちゃん来てないね」とか、いつも「ありがとう」とか声をかけてくれます。それが本人の働く満足感や、達成感につながっているんですよね。地域の方々は、「障害者だから優しくしなくちゃ、受け入れなくちゃ」という考えではなく本当に自然に生徒たちを受け入れてくださっている。だからウォーキングに行っても、「今日は早いね!」とか、声をかけてくれる。

Q:2020年の12月から携帯抗菌コーティング作業のお話を進めてきましたが、「超短時間就労」について率直にどう思われましたか。

秋山:先ほどお話ししましたが、彼らの集中力は続いても30分。一つの仕事を続けて4時間も5時間もできません。なので、このお話を聞いたとき、「これはアンビシオンの生徒たちに向いている」と思いました。現在携帯コーティング加工は、1チーム30分ずつ交代でやっています。長時間の業務よりも短い時間をつなげていくという方がありがたいです。

Q:2021年4月で携帯コーティング加工事業は出張含め8回を数えました。これまでを振り返っての感想などお聞かせください。

秋山:振り返ると、最初に何度かSSLの方に来ていただいて、改善点などを指摘してもらったことが貴重でした。最初は生徒4人で作業をしていたのを、2人ずつにした方がよいのではとか、職員とチーム制にしたらどうかとか…。このことで、職員もイメージしやすくなりモチベーションもどんどん上がっていきました。職員もチームとして一緒に取り組むことで、生徒たちをいつもとは違った視点で見ることができたと思います。

また生徒自身も、自分一人の作業だけでなく、4人でやっている分、仕事の全体像が見えていたのもよかったですね。現在、作業に関わっていない人にも、今後は、携帯をお客様から預かったり、コーティングについての説明をしたり、色々な仕事を任せられるといいな思います。

とはいえ、生徒たちは環境の変化に敏感なので、お客さんやボランティアに興味を持ちすぎてしまったり、途中で集中力が切れてしまう人がいたりと、課題も見られました。けれど、経験を積むという意味では、普段の活動では体験できないことなので、良かったと思います。出張施行会が終わった後みんなでラーメンを食べに行ったりもしました。仕事をすることは、決して嫌ではないのだけれど、環境がいつもと違うとやはり集中できない人もいましたので、理想的な作業環境は誰もいないところで作業することですね。区役所に出張で行ったときは、先に携帯を数台集めておいて、職員しかいない部屋で作業したので仕事も早かったです。

 良かったなぁと思うのは「ありがとう」と言われること。それも、職員からではなく、第三者から言われる経験が大切なんです。以前、新幹線で宿泊学習に出かけた時に、混み合った車内でマタニティマークやヘルプマークをつけている方がいると、こちらが「立ちなさい」と言わなくても、席を立つんです。そうすると、「ありがとう」と言われる。それが嬉しいんですね。 

Q:「お金を得る」ことへの生徒たちの反応は?

秋山:今回、コーティング作業の時間中に生徒たちは一切お金に触れていません。後日各自の口座にお金が振り込まれたり、手元に来ることになります。ある人は通帳に記載された金額がどんどん増えていくことを喜んでいます。お金の管理を保護者がしている家庭では、子どもと相談して好きなものを買うのに使ったり、未来教室で月々集めているお金をその中から出したりしている人もいるようです。

 生徒の中には、手元にお金が来ると、わっと喜ぶ人がいたり、ただ持ち帰ってお母さんに渡す人もいて様々です。働いて得たお金で自分のものを購入するという行為に対しても反応は様々。子どもたちはお金を持つと「買いたい」という欲が出てきます。しかし、「何を買うか」については自分で選択できない子もいます。これも、今後一つずつ学んでいきたいと考えています。

Q:今後の取り組みについてお聞かせください。

秋山:今は、本人の希望に関わらず仕事を割り振っていますが、やりたい仕事が見つかったときに「やってよかった」「もっとやりたい」と感じ取れれば、それが一番良いと思います。私としては、今回携帯コーティングの作業に関わらなかった生徒たちも含め、色々な仕事を経験してほしいし、経験の中で得意なことを見つけていってほしいと思います。表に見えている能力はほんの一部です。まだ年齢も若いですから、一人ひとりが持っている力がどこで芽吹くか分かりません。「障害があるからできないだろう」とやらせないのはもったいない。できる・できないに関わらず、「やってみる」ことが大切です。NPOの生徒たちは、どちらかというとチャレンジ精神旺盛。「失敗したっていいんだよ」と伝えています。

Q:最後に、秋山さんが理想とする将来の姿について教えてください。

秋山:うちは今15人の利用者がいますが、現在22歳の人が、30代になるまでに何でもいいから自分の仕事が持てるようになってほしい。そのためには、うちで何か一つ事業を立ち上げたいと思っています。アンビシオン文京の利用者は、未来教室から上がってくる生徒だけでなく、他の学校や施設を卒業した子たちでどんどん増えていく。うちを卒業しても就職先がない方には、やはりB型作業所でも作るしかないかもしれません。うちで一つ起業して、そこで雇用できればなと。それから、欲を言えば、都心から離れたところに「第二のふるさと」があったらいいですね。未来教室では毎年夏に宿泊学習で琵琶湖に行きますが、地元のお年寄りや漁業の方も顔馴染みになり、「おお、今年も来たか」と迎えてくれるんです。自動車も走っていないしのんびりした自然あふれる環境の中で、生徒たちもイキイキしていました。

今回のインタビューを終えて

知的障害のある人の就労の課題と超短時間就労の可能性がより具体的に見えてきました。

特に、世間一般には重度知的障害者と言われる人たちは”仕事ができない人”と捉えられがちですが、環境の工夫や視点を変えることではたらく機会を恒常的に作り出すことは可能です。そのためには、まずは小さなチャレンジを重ねること、個人の訓練だけではなく、より働きやすい環境を調整していくことが大切だと考えます。

しごとしあわせラボでは、こうした丁寧な地域とのかかわりを持ちながら活動を続けていきます。

お問い合わせはinfo@s-s-lab.jpまで。

(ライター/浅埜れん)

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